ヨイド純福音教会 日本語礼拝部

Yoido Full Gospel Church Japanese Ministry

主の御名で歓迎します 자세히보기

感謝で始める365日 372

2月24日

謙虚と感謝 どうか 貧しい人々が食べて満ち足り 主を求める人々が主を賛美しますように。──あなたがたの心がいつまでも生きるように──(詩122:26) 弟子のディオスコルスに宛てた手紙で、アウグスティヌスは次のように書いています。「敬虔な心のすべてを傾けてあなたが彼に服従するように。また真理に向かって進み、真理を獲得するために、わたしたちの弱い歩みを神のように見たもうお方によって建設された道とは別の道を作ったりしないよう、わたしは願っています。だがあなたが探るべき第一の道は謙虚であり、第二の道も謙虚であって、第三の道も謙虚です。もし謙虚がわたしたちの善行のすべてに先行し、同伴し、追跡しないならば、傲慢が何かの善行を喜んでいるわたしたちの手からすべてを強奪してしまいます。」 イエス様の人生は謙虚そのものでした。謙虚なしもべとして来られたイエス様は、生涯謙虚な人生を生きられ、最後は十字架で..

2月23日

覚えて感謝せよ それがあなたがたの中で、しるしとなるようにするためだ。後になって、あなたがたの子どもたちが『この石はどういうものなのですか』と尋ねたとき、あなたがたは彼らにこう言いなさい。『ヨルダン川の水が主の契約の箱の前でせき止められたのだ。…この石はイスラエルの子らにとって永久に記念となるのだ。』」。(ヨシュ4:6-7) ヨシュア記3章はイスラエルの民がヨルダン川を渡って、カナンに入る場面を見せてくれます。しかし、状況はあまりよくありません。収穫期を迎えたヨルダン川は増水して、簡単に渡ることができなかったからです。神様はヨシュアに、どのようにヨルダン川を渡るべきか、詳しく説明されます。まず最初に、祭司たちが主の契約の箱を担いで川を渡ります。神様が彼らの前に道を与えられるからです。そしてついにヨルダン川を渡る日の様子を、ヨシュア記3章17節はこのように記しています。「主の契約の箱を担..

2月22日

慕いまつる わたしはあなたがたに平安を残します。わたしの平安を与えます。わたしは、世が与えるのと同じようには与えません。あなたがたは心を騒がせてはなりません。ひるんではなりません。(ヨハ14:27) 「ゴスペルの父」と呼ばれたトーマス・A・ドーシーは、ジャズとブルースのリズムに賛美を融合した音楽のジャンルを作り上げた方です。ブルースのピアニスト、教会で賛美の働き人として活躍していたある日、予期せぬ試練が訪れました。1932年、臨月だった妻を家にいさせ、賛美を導くために出掛けたのですが、集会が終わった後、妻が出産中に命を落としたという連絡を受けたのです。さらには彼が家に着いた日の夜、生まれて間もない赤ちゃんまで神様のもとへ旅立ちました。神様のことを恨めしく思った彼は、もうこれ以上賛美したくありませんでした。そうやって悲しみに暮れる、ある日のことです。ピアノの前に座っていた彼に、理由の知れ..

2月21日

無条件の赦し この息子は、死んでいたのに生き返り、いなくなっていたのに見つかったのだから。』こうして彼らは祝宴を始めた。(ルカ15:24) ルカの福音書15章に記されている放蕩息子のたとえ話には、私たちに向けられた神様のみこころが、余すところなく込められています。健在している父親から遺産を受け取った次男は、何日もしないうちに家から旅立ちました。次男はその大金を遠い国で生活しながら湯水のように使い果たしました。手元に残ったお金が一銭もなく、物乞いできる状況でもないので、父の家を離れたことを後悔して、また戻ってゆるしを乞うことを決心しました。村の入口に着いた次男を迎えたのは、待っていた父親でした。父親は駆け寄って、息子の首を抱き、口づけしました。息子は父に考えていた謝罪の言葉を並べました。しかし、父親は息子に一番良い服を着せ、手に指輪をはめ、足に履き物をはかせるように、しもべたちに言いまし..

2月20日

成したまえ汝が旨 何事でも神のみこころにしたがって願うなら、神は聞いてくださるということ、これこそ神に対して私たちが抱いている確信です。(Ⅰヨハ5:14) アデレード・ポラードはニューヨークにあるキリスト教宣教師連合訓練学校で学生たちを教えましたが、糖尿病でいつもすぐに疲労を感じていました。それで神様に癒しを呼び求めました。あまりにも切実だった彼女は、主が健康を回復させてくださるなら、アフリカへ宣教師に行くと誓願を立てました。それから疲れを感じる程度が弱くなって、驚くことに完治の診断を受けました。彼女はとても感激して、すぐにアフリカ宣教を準備しましたが、道が開かれませんでした。落ち込んでいた彼女は、ある日の祈祷会で、隣で祈る聖徒の告白を聞きました。「主よ、私たちの人生にどんなことが起きようと、感謝するだけです。ただ主のみこころと摂理だけが私たちに成されますように。」その祈りの声に、ポラ..