ヨイド純福音教会 日本語礼拝部

Yoido Full Gospel Church Japanese Ministry

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2022-03-27 주일설교요약(이영훈 목사님)

2022.03.27 2、3、4部 ▷ 招詩 (詩篇13:3~6) ▷ 賛美歌543番 (旧342番) 苦難さえも喜んでいます (ローマ人への手紙 5:3~5) この世の中で苦難に遭わなかった人は誰一人いません。誰にでも大小の苦難が予告なしに来ます。イエス様を信じる私たちにとって苦難は、単純に災いではなく、もっと良い未来へ進ませる祝福の道具です。私たちはこのような苦難が近づいてくる時、どのような姿勢を持って迎えたらよいのでしょうか。 1.苦難さえも喜んでいます 成熟した信仰人は苦難の中でも喜ぶ人生を生きることができます(ローマ5:3a)。人は予想できなかった苦難に遭う時、落胆し挫折します。神様の子どもになった私たちには世に打ち勝ったイエス様がいつもともにおられます(ヨハネ16:33)。それゆえどのような苦難の瞬間が迫って来ても諦めず、主だけに委ねて、絶対肯定の姿勢で進んで行かなければな..

3月27日

空っぽの袋は立っていられない しかし、あなたがたは選ばれた種族、王である祭司、聖なる国民、神のものとされた民です。それは、あなたがたを闇の中から、ご自分の驚くべき光の中に召してくださった方の栄誉を、あなたがたが告げ知らせるためです。(Ⅰペテ2:9) 現代を三無時代と言います。無意味、無節制、無神経の時代であるからです。外見的には華やかで豊かに見えますが、実際はその中にあるべき重要なものが抜けている時代です。空っぽの袋は立っていられません。中身がないものは、抜け殻に過ぎず、無価値なだけです。人間と人生も同じです。そこに中身があるかどうかが重要です。それもどんな中身かが重要です。高価なブランドのカバンでもゴミがいっぱい入っているなら、ゴミのカバンになります。しかし、平凡なカバンでも宝石が入っているなら、それは宝石のカバンになります。 現代の人々が彷徨いながら、不幸を感じる最も大きな理由は、..

3月26日

主が私を呼んでくださったとき 神は、あらかじめ定めた人たちをさらに召し、召した人たちをさらに義と認め、義と認めた人たちにはさらに栄光をお与えになりました。(ロマ8:30) わたしがその名を呼ぶまでは あなたはただ ひとつの仕草にすぎなかった。 わたしがその名を呼んだとき あなたはわたしのもとで 花になった。 詩人キム・チュンスの「花」という詩の一部です。ただ小さな仕草にすぎなかったのに、詩人がその名を呼んだとき、彼のもとで初めて花になったというこの詩から、私たちを呼んでくださった神様の愛を思い浮かべます。神様が私たちを呼んでくださるまで、私たちは人生の意味も価値も分からない、空しい仕草にすぎませんでした。神様はそんな私たちを呼んでくださり、私たちを尊い花のごとく重んじられ、キリストによって与えられる義の衣を着せてくださいました。このように私たちを呼んでくださる主の麗しい御声に、どうして..

3月25日

見えることと隠されたこと その日、エルサレムの教会に対する激しい迫害が起こり、使徒たち以外はみな、ユダヤとサマリアの諸地方に散らされた。散らされた人たちは、みことばの福音を伝えながら巡り歩いた。(使8:1, 4) 霊的な観点からこの世を見る人は、現実を単純に自分の目に見える通りに判断しません。霊的な人は、いつくしみ深い神様に信頼して、現実の向こうにあることを期待します。この世を生きるとき、不義で悪しきこと、悔しくて心苦しいことがあります。しかし私たちの目に見えることが、この世のすべてではありません。いつくしみ深い神様がこの世を治められるので、私たちは目に見えることの後ろに隠された神様の摂理を待ち望まなければなりません。 ステパノが殉教して、エルサレム教会に大きな迫害がやってきたとき、絶望する人もいたでしょう。聖徒らは迫害を逃れ、他の地域に散らなければなりませんでした。主がこの地に建てら..

3月24日

オオソリハシシギの飛行 空の鳥を見なさい。種蒔きもせず、刈り入れもせず、倉に納めることもしません。それでも、あなたがたの天の父は養っていてくださいます。あなたがたはその鳥よりも、ずっと価値があるではありませんか。(マタ6:26) ニュージーランドの生態学研究チームは、渡り鳥の体に追跡装置を付けて、最長距離を飛行する鳥について調べました。その結果、ニュージーランドから韓半島の鴨緑江(アプロクカン)まで1万205kmを飛行するオオソリハシシギが、長距離飛行の第一人者であることが明らかになりました。この鳥には最先端の航法装置も、長時間飛行に必要な燃料もありません。しかし創造の摂理通り、悠々と鳴きながら、目には見えない道に沿って飛んでいるのです。 オオソリハシシギの飛行を見ながら、この世を生きていく私たちの姿もこうあるべきだと思います。つまり、人生の旅路に訪れる困難の中で、何をしてもうまく行か..