ヨイド純福音教会 日本語礼拝部

Yoido Full Gospel Church Japanese Ministry

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2022-05-22 주일설교요약(이영훈 목사님)

2022.05.22 2、3、4部 ▷ 招詩 (詩篇105:1~4) ▷ 賛美歌515番 (旧256番) あなたがたは世の光です (マタイの福音書 5:14~16) 主は「あなたがたは世の光です」と語られました。この世には暗闇と光が存在します。暗闇の勢力が全世界へ絶望を植えさせている状態です。このような時私たちは暗闇の勢力に立ち向かって追い払い、暗闇を照らす光としての人生を生きて行かなければなりません。 1.暗闇を明かす光としての使命 私たちは暗闇を照らす光です。決して暗闇は光に勝ちません。イエス様を信じる前、私たちは暗闇の中で生きていましたが、イエス様の十字架の恵みで光の子どもになりました(エペソ5:8)。それゆえどのような状況の中でも光を失ったり、暗闇の勢力に揺るぐことなく、主の中ですべての暗闇の勢力を退かなければなりません。なお絶望がある所に希望の光を、悲しみがある所に喜びの光を..

2022-05-15 주일설교요약(이영훈 목사님)

2022.05.15 2、3、4部 ▷ 招詩 (詩篇84:1~4) ▷ 賛美歌208番 (旧246番) 岩の上に建てられた教会 (マタイの福音書 16:18~19) 教会創立64周年記念主日です。教会は神様がこの地に建てられた救いの箱船であり、祝福の通路であります。また、神様に礼拝を捧げる場所であり、祈りの家であり、全世界へ福音を宣べ伝える宣教センターであります。一生涯、イエス様の御体になる教会から離れず、教会に向けた愛と忠実、また献身することに最善を尽くさなければなりません。 1.イエス・キリストがかしらになられる教会 教会の土台はイエス・キリストであります。イエス・キリストが教会のかしらとなられ、教会はキリストの御からだであります(エペソ1:22-23)。イエス様が教会のかしらになられることによりすべての尊貴と栄光を主だけに捧げなければなりません。どのような場合でも自分がかしらにな..

2022-05-08 주일설교요약(이영훈 목사님)

2022.05.01 2、3、4部 ▷ 招詩 (詩篇103:1~5) ▷ 賛美歌304番 (旧404番) 下向きの愛 (マタイの福音書 7:9~11) 5月は「家庭の月」です。両親は子どもがいることに感謝し、子どもは両親の恵みに感謝する月です。神様が私たち人間に与えられた一番大きい祝福は両親を与えられたことです。両親により今日の私たちが存在することができます。両親の愛は下向きの愛です。その愛は神様が与えられた愛です。 1.両親の愛 両親の愛は、無条件的な愛であり、下向きの愛です。両親の愛に感謝しながら、全家族が愛で一つにならなければなりません。両親が先に私たちを、愛を持って守ってくださったので、子どもになった私たちも両親を、真を持って愛し、仕えなければなりません。十戒の1~4戒は神様に対することであり、5~10戒は人に対することです。しかし人に対する戒めの中で最初の戒めが「あなたの父と..

2022-05-01 주일설교요약

2022.05.01 2、4部 ▷ 招詩 (詩篇26:1~4、11~12) ▷ 賛美歌288番 (旧204番) ただ信仰によって (へブル人への手紙 11:1~6) 主の中で勝利する信仰生活の秘訣は、絶対肯定の信仰を持って、御言葉充満と聖霊充満な信仰によって祈りと感謝の人生を生きることです。このように信仰の人として人生で重要なことは、信仰の人として生きることです。 1.信仰は夢見ることです 信仰は夢見て、望んでいることが既に成し遂げられたと信じることです(へブル11:1~2)。私たちが肉身の目に見えることだけ見つめると、神様から与えられた夢の通り生きることができません。信仰の目、霊の目が開けられる時、肉身の目では見えなかった神様の御働きを体験しながら生きることができます。ヨセフは神様が与えられた夢を信仰によって握りました。兄たちによりエジプトへ奴隷として売られて、濡れ衣を着せられて監獄..

2022-04-24 주일설교요약(이영훈 목사님)

2022.04.24 2、3、4部 ▷ 招詩 (詩篇32:7~8、10~11) ▷ 賛美歌379番 (旧429番) 人生の道をともに歩まれるイエス様 (ルカの福音書 24:13~16、30~32) 春、夏、秋、冬の季節があるように私たちの人生にも希望の春、情熱の夏、収穫の秋、苦難の冬が近づいて来ます。このように人生の道には笑う時もあるし、泣く時もあります。全てが自分の計画通り進まず、下り坂のような人生を生きるように感じる時、私たちはどのようにこの苦難を乗り越えることができるでしょうか。 1.下り坂を歩いている二人の弟子 イエス様の二人の弟子は、イエス様の十字架の死後、大きい絶望の中でエルサレムから離れてエマオへ向かっていました(ルカ24:13-14)。その道は落胆の道、絶望の道、悲しみの道でありました。エマオへ向かう二人の弟子の姿は、今日私たちの姿と一緒です。世の多くの人々がコロナウイ..