2021.05.02 2、3、4部 ▷ 招詩 (詩篇100:1~5) ▷ 賛美歌563番 (旧411番)
天の御国で一番偉い人
(マタイの福音書 18:1~6)
世の人々は自己中心的な人生を生きます。何とかしても「自分」を高めるため最善の努力を尽くします。しかしキリスト人の人生は違わなければなりません。自ら低くなられたイエス様を見習って自分を低くし、他人に仕えて、神様中心的な人生を生きていかなければなりません。
1.弟子たちの関心
イエス様の弟子たちは3年半の間、主に従っていきました。しかし彼らの関心は相変わらず世の人々の関心と違いませんでした。彼らはイエス様が十字架で釘打たれる前日まで誰がもっと高い所に座るのかについて争っていました。私たちの姿が弟子たちの姿のようではないかを顧みなければなりません。自分のために努力し労苦して得たすべては、結局しばらく間存在してすぐ消え去る空しいものにしか過ぎません。世の価値に従って自分を高めるための人生を生きることでなく、まず神の国と神の義を求めなければなりません(マタイ6:33)。神様に栄光を返す場所に立つとき、いつも主がともにおられ、大きな恵みを注いでくださいます。
2.子どものような人
誰が一番高い所を占めるかに対して関心を持っていた弟子たちを見たイエス様は、ある子どもを彼らの真ん中に立たせて「向きを変えて子どもたちのように自分を低くする人が、天の御国で一番偉いのです」と語られます(マタイ18:2~3)。当時ユダヤの社会は子どもを未熟で不完全な存在として思っていたため彼らを無視し、軽んじました。イエス様は欲望で満ちた弟子たちに心を立ち返って子どものようにへりくだって、純粋な姿になりなさいと語ったことです。自分を高めようと欲望を抱いた人は天の御国に入ることができません。イエス様の十字架の血潮で貪欲と高慢、利己主義の罪を全部洗い聖めて主の御前で純粋で貞潔な信仰を回復しますようにお祈りいたします。
3.天の御国で一番偉い人
天の御国で一番偉く思われる人は、自ら偉くなるため努力する人ではなく、へりくだって自分を低くする人です。他人から仕えられるのではなく、他人に仕える人にならなければなりません。神様は謙遜に仕える人を通して神様の御業を成し遂げようとしておられます。いと高き所におられる神様の御子、イエスキリストがご自分を低くすることを通して十字架で死ぬ瞬間まで神様に従順しました。神様はそのイエス様を高く上げて、すべての名にまさる名を与えられました(ピりピ2:9-11)。自分の中にある高慢を全部下して、神様だけ誇る人生を生き、天の御国で一番偉い人だと称賛される聖徒の皆様になるように主の御名でお祈り致します。
日本語礼拝 |
主日午後1時から |
第二教育館10階1001号室 |
連絡先02‐6181‐6178 |
日本の為に日本人と韓国人たちが一緒に集まって日本語で礼拝を捧げます。お気軽にご参加ください。
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